忘年会の歴史

広辞苑によると「その年の苦労を忘れるために年末に催す宴会」とある日本の風俗の一種で、その発祥は鎌倉時代からとも室町時代からともいわれる宗教的意味付けや特定の行事様式はありません。

 

年末に台湾中の会社主催で行われる社員がチームを組んで歌を歌う・仮装する・一芸を披露するなどが定番の年に一度のイベントである「尾牙(ボエゲエ)」や旧正月前に中国の各企業で行われている職員たちがおいしい料理を食べながら宴会・出し物・ゲームなどを楽しむことができる「年会」、大韓民国の送年会などと共通する部分の多い行事です。

 

忘年会の発祥については明確ではなく、いくつかの異なる行事や会合が次第にひとつに融合して生まれたものであると考えられています。「としわすれ」という言葉が使われている記録で最古のものは室町時代の皇族、伏見宮貞成親王の日記である『看聞日記』の1430年(永享2年)12月21日の記録と言われます。それは、年末に開催された連歌会が盛り上がり、それがまるで「としわすれ」のようだと述べたものです。この頃には酒を飲んで乱舞する「としわすれ」と呼ばれる民衆行事が、既に存在していたことを示していると考えられるのです。

 

江戸時代になると、武士階級では年末の「忘年会」ではなく年始の「新年会」が一般的で、主君への忠誠を誓うものとして行われていたと言われますが、庶民の間では現在に近い形の「一年の労をねぎらって杯を酌み交わす」といった「忘年会」が存在していました。なお、現在のように慣例行事化したのは明治時代に入ってからのことで、官僚は冬のボーナスが出た頃に、学生は年末の帰省前に集まってにぎやかに忘年会が開かれていたという記録があるようです。